中部幾次郎翁銅像で歴史を感じる。
中部幾次郎翁銅像の特徴
明石公園内に位置する、マルハニチロの創始者にちなんだ銅像です。
歴史的な背景を持つ大洋漁業の創設者に関連したスポットです。
季節ごとに楽しめる自然豊かな環境が魅力です。
中部幾次郎(なかべいくじろう)は大洋漁業(現マルハニチロ)の創業者にして大洋ホエールズ(現横浜DeNA)のオーナーです。ご当地出身です。
【中部幾次郎翁銅像】慶応二(一八六六)年明石市東魚町(現本町)に生まれる。幼少の頃から父の生魚運搬卸業を手伝い、地方の一個人商店にすぎなかった林兼商店を、日本有数の水産会社に育てあげた。故郷を愛する気持ちが深く、明石中学校(現県立明石高校)の建設にあたり、経費の半額を寄付したり、市水産会長を務めるなど明石市の発展に尽くし、また、朝鮮の方魚津尋常高等小学校や明石女学校、農林水産講習所、釜山高等水産学校の建設にも尽力した。昭和二一(一九四六)年三月二三日には貴族院議員に勅撰されたが、同年五月一九日 八一歳で没し、浜光明寺に葬られた。この銅像は、昭和三(一九二八)年十一月に、明石の水産・公共・公益のために尽くした功績をたたえて、明石市が建設したものである。
こんなところで大洋漁業の創始者の銅像に巡り合うとは!今でもマルハニチロさんがスポンサーの横浜ベイスターズファンとしては感慨深いです。
2022/7/10来訪。大洋漁業(現マルハニチロ)創業者中部幾次郎氏で、氏の功績を称え明石市が昭和3年に建てたものです。高い台座の上に大きな銅像です。解説板もあるので詳しくはそちらを読んでみてください。
▼旧太洋漁業(現マルハニチロホールディングス)の創始者。▼「マルハ」は中部幾次郎が創設した林兼(はやしかね)商店の「は」に由来する。▼中部幾次郎(なかべいくじろう)翁 銅像大洋漁業株式会社の創業者「慶応2年(1866)明石市東魚町(現本町)に生まれる。幼少のころから父の生魚運搬卸業を手伝い、地方の一個人商店にすぎなかった林兼商店を、日本有数の水産会社に育てあげた。故郷を愛する気持ちが深く、明石中学校(現県立明石高校)の建設にあたり、経費の半額を寄付したり、市水産会長務めるなど明石市の発展に尽くし、また、朝鮮の方魚津尋常高等小学校や明石女学校、農林水産講習所、釜山高等水産学校の建設にも尽力した。昭和21年(1946)3月23日には貴族院議員に勅撰されたが、同年5月19日81歳で没し 浜光明寺に葬られた この銅像は昭和3年(1928)11月に、明石の水産・公益のために尽くした功績をたたえて、明石市が建設したものである。」明石市。
公園入口右手にあります。
大洋漁業の創設者やったんや‼️知らなんだ~~今はマルハニチロの方が分かりやすい❕昔は大洋ホエールズ球団があったんですよ‼️
普通はあまり知らない方々が多々ですが、季節相応に愉しめる所でしょう🦆
立派な人じゃ。
名前 |
中部幾次郎翁銅像 |
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ジャンル |
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電話番号 |
078-912-7600 |
住所 |
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HP | |
評価 |
3.8 |
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中部幾次郎翁銅像。(202209)※明石市が昭和3年に建造。作者不明。兵庫県明石に生まれ鮮魚の運搬を営んでいた家庭で育ち、後に大変な功績を遺した方です。🅿️駐車場は、南西入口から併設駐車場へ。🚻トイレもあります。※客観的に普通のものが『最高』の評価になりませんので悪しからず。