沖縄戦の記憶、壕内探訪。
轟壕の特徴
・沖縄戦の避難壕として、歴史的・文化的価値が高い場所です。
・壕内はおどろおどろしい雰囲気と湿度の高さが特徴です。
・入口付近には駐車できる広場があり、アクセスも便利です。
2023年8月歩いて沖縄一周の旅で訪れました。夕暮れ時に行ったのですが、かなり暗いので足元注意です。とても勉強になり貴重な経験になりました。
那覇から摩文仁に向かう途中、糸洲の壕の看板より100メートルほど手前の左カーブを曲がってからすぐ右へ行く道の左側にやや横長のコンクリートの数段の階段が見えますのでそこを目印に路上駐車をするしか方法はありません。数年前にこの出入り口に石の階段がつくられましたが駐車場もなく表示もありません。階段を上って突き当りの左手に下るようにガマがあります。単なる観光客、レンタカーの人は気が付かないかもしれませんが絶対に行っておくべき戦跡です。島田知事や荒井警察部長もすごした県庁壕の機能も持ち官民両方とも利用した壕です。水が多いので長靴、ライトは必需品です。
壕内に入れますが風化で崩れてる箇所が多くあるのでヘルメットが有ったほうが安全です。また、中は灯りが無いのでライト必須です。スマホのライトでは明るさが足りません。ヘルメットに付けるようなライトがあると安全に中に入れます。
戦時中の避難壕。県知事のほか県庁幹部もここに避難していたが知事が県庁の活動停止命令を出し沖縄県庁最後の地とも言われているとのこと。ここで多くの人が亡くなった一方で600人もの人が無事壕を出ることができたそうです。
沖縄戦終盤の持久戦時に使用された豪、一般の方や県庁機能もこちらにあったようで1000人の人たちが居たそうです。洞窟の入口以降が100mに渡りあるそうですが漆黒の世界となり、当時の事を考えると明かりがあっても立ち入りは危険かと。下から見上げる景色では当時の事を考えると心が引き裂かれる様な気持ちになりました。駐車場等はありませんので近隣の方、交通の妨げにならない所に配慮した場所に停めて行かれる事が必要です。
沖縄戦当時、最大1000人以上の住民や日本兵が避難したといわれる壕です。自由に見学することができますが、照明は無いので懐中電灯は必須です。壕内は湿度が高く、鍾乳石から雫がしたたり落ちて来ます。ヤッケを着用しましたが、内側がびっしょりになりました。入口付近では頭上からの落石に注意が必要です。最近落ちてきたと思しき20センチほどの大きさの石がありました。
貴重な場所を訪れることができてよかったです。一人で行くのはやめた方がいいと思います。トラブルが起きた時命取りになるかも。あとスマホのライトでは物足りなかったです。
多くの人が亡くなった場所であるのと同時に、多くの場所が「生きた」場所1月、中は外気温よりも少し暖かく、湿度が高い。地面が湿っていて滑りやすい。階段は急できつく、整備される前はとても大変だったであろう。白い地衣類らしきものが多く貼り付いていた。ライトを消すと全く光はなく、ただ水の流れる音だけが聞こえた。
戦争中の洞穴が綺麗な状態で残っています。駐車場が無いのがマイナスです。
名前 |
轟壕 |
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ジャンル |
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電話番号 |
098-840-8111 |
住所 |
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HP | |
評価 |
4.3 |
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最近は人があまり訪れないらしく、草木で覆われていて昼間でも1人では不安で近くまで行けませんでした。沢山の蚊があっという間に刺して来て長袖長ズボン必須です。