吉村虎太郎邸で幕末を感じよう。
旧掛橋和泉邸の特徴
幕末志士を支えた掛橋和泉の歴史を感じられます。
龍馬脱藩マラソンのスタート地点に位置しています。
吉村虎太郎ゆかりの墓が徒歩3分の距離にあります。
ここでの少し前の時代に、どんな暮らし方だったのかを感じされます。
自由に出入りができました。入ると階段もあり、屋根裏部屋のようなお部屋もありました。奥に行くとちょっぴり近づきにくい感じもありました。
なかなかよい。檮原町観光は、コンパクトにまわれます。
龍馬脱藩マラソンのスタート地点です。
庭で見つけたカエル🐸
裕福な家系へ養子であった掛橋和泉は亡くなる28歳まで、幕末志士達を金銭的に支えていた。援助していることを養母に詰問され、志士達へ迷惑かけまいと最期は自ら死を選んだ人物。明治の後は、その功績を田中光顕らによって讃えられた。
ひと気がなく、写真だけがあるのでちょっと怖い。
檮原役場前の駐車場に車を止めてゆすはら座を見送り、檮原高校への坂道を登る。檮原高校の敷地内の中には、龍馬よりも先に脱藩し、後に天誅組を組織し蜂起する吉村虎太郎が大庄屋として勤めた屋敷が移築されている。
移転されてたのかGoogle-Map上と場所が違っていたので解りませんでしたが、歴史民俗史料館の係員の方に教えて頂き無事行けました。綺麗に復元されていて当時を偲ばせる内容となっております。
| 名前 |
旧掛橋和泉邸 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 電話番号 |
0889-65-1350 |
| 営業時間 |
[火水木金土日月] 9:00~17:00 |
| 評価 |
3.7 |
| 住所 |
|
周辺のオススメ
地域を束ねる行政機関的役割を持つ庄屋宅だったようで、吉村虎太郎邸ではありません。掛橋和泉邸を移築し、ここに顕彰してあります。虎太郎公の居宅は「津野」地域にあります。吉村家も庄屋でした。虎太郎は、自決した吉良を悼み言葉を贈っています。「武士の思いつめたる忠と義を心ひとつの死出の旅かな。」