歴史感じる馬頭観音の旅。
本郷町の馬頭観世音の特徴
明治三十三年から昭和までの歴史的な馬頭が並び、見応えがあります。
湯街道沿いに位置し、文化的な歴史が感じられる場所です。
旧三月建之馬の字や、古い刻印が残る貴重な史跡です。
明治三十三年(1900)馬頭が三、馬頭が一、昭和三年(1928)旧三月建之馬の字が四刻まれたもの、昭和二十四年(1949)馬頭が一、昭和九年(1934)三月十七日馬頭が三、明治四十五年(1912)馬頭が二、明治廿五歳(1892)八月馬頭觀世音が二つ刻まれたもの、明治廿六年(1893)、馬頭が二、明治十五年(1882)馬頭が二、明治廿三年(1890)、斜めに割れて年号の読むないもの、そのほか読み取れないものが三、文政五年(1822)坂普請供養刻の一番大きい馬頭觀世音、の16基が並んでいる。那珂川は、白河から氏家宿阿久津河岸に至る原街道の難所の一つで、ここで廻米輸送に携わった馬の健康や、落命した馬の供養のために建立されたもの。8月17日に訪れたが、写真を撮る間に、視認で35か所、蚊にさされた。
湯街道沿いの馬頭観音原街道(白河~氏家)は、会津藩の廻米輸送のために正保2年(1645)に開かれました。これに湯街道(鍋掛方面から板室・三斗小屋温泉方面に至る)が交差した十字路から那珂川に向かって急な下り坂になり、その大きなカーブ右手に、16基の馬頭観音があります。江戸期から明治期にかけてのもので、この内の一つは2m近くあり、大きな岩の上に建っています。文政5年(1822)のもので、更に、坂道を下るとすぐに那珂川があり、原街道はその辺で那珂川を渡ったと思われます。
| 名前 |
本郷町の馬頭観世音 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 評価 |
3.5 |
| 住所 |
|
周辺のオススメ
ずいぶんと大きいですね。今まで見た中で一番大きい。僕の住んでいるところにはここまで大きいのはないね。