江戸時代の水路跡を歩こう。
二河上井手跡の特徴
江戸時代の水路跡を感じる歴史ある場所です。
龍の道を散策する楽しさが味わえます。
干ばつに悩んだ呉の歴史に思いを馳せるスポットです。
【二河上井手跡に出来た道】《龍の道を散策した早春の午後》江戸時代の水路跡〈市史跡〉につくられた道。西辰川の高台に鎮座する貴船神社(龍王神社)の由来縁起の中に「延宝年間に二度の旱魃に見舞われ大被害、庄屋の呼び掛けで雨乞いの願を掛けたところ、二河の滝壺から龍が現れて大雨を降らせてくれた」との伝説があります。その伝説と、『庄山田村の庄屋、熊崎新左衛門が中心になって、二河川から水を引く水路(下井手約5.5km)を計画しました。工事は延べ一万人が参加して、享保9(1724)年に、僅か2ヶ月ほどで完成しました。その後意志を継いだ人達は、さらに高い場所へ水を引くために、享保16(1731)年、上井手(4km)を完成させました。』の史実はよく似ていますね。二河の上井手案内板から東に、灰ヶ峰山麓の急斜面の山腹に沿って上井手跡を利用して作られた道が西惣付迄続いています。山腹の急斜面に広くはないけど平坦な道、歩くのは楽だけれども、難工事だった様子は想像出来ます。先人達の偉業、功績、夢と浪漫を偲びつつの、早春の午後でした。
| 名前 |
二河上井手跡 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 評価 |
4.0 |
| 住所 |
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昔、呉は干ばつがよくおこっており、水不足に悩んでいました。1725年から、村人は無報酬で下井手と上井手(井手とは用水路のこと)をつくり二河川の水を運んだのでした。参考までに上井手は呉市水道局二河水源地取入口→井手守明神→二河上井手跡→龍王神社付近→西惣付町→畝原公園のルートをたどったと考えられている。なお、この場所に行く道が昔は上井手であったと考えられている。