歴史深い大福寺の子安観音。
大福寺ニッ野観音堂由来観音堂\u003d釈迦如来、阿弥陀如来創建承和八年(八四一)四月十八日 大福寺ニッ野観音堂は十一面観音を本尊に阿弥陀如来・釈迦如来様が祀られ古来か ら水子霊を成仏させ転生霊を育て子孫を繁栄させる子安観音の由緒ある古利で霊験灼観音と親しまれ信仰を集めている。創建されたのは平安時代の承和八年(八四一)で時の判官林田藤右衛門尉・藤太郎 父子が領地の稚児らを疫病から救うため観音様を造立し北小川村の妙音寺僧寿信師が施主となり祀ったのがはじまりである。元文二年(一七三七)藤右衛門尉の後裔で東海東村の庄屋林田次右衛門が大福寺本堂本尊を二津野邑に奉奇進して領地の菩提寺として供養を行いその祭祀は庄屋の家守役の堂村家がつとめて来た。大福寺は岡山以来千百年の間に火焰や風水害に遭い次第に寂れて伽藍の気韻も昔日の面影はなく境内に建てられた文明十四年(一四八二)の逆修碑も剥落し判読できな い様は時代の流れを感じさせる。平成六年(一九九四) 栗木野の有志上田洋氏が阿弥陀如来・釈迦如来像を奉奇進されその後光は慈光を湛えて霊気に満ちた佇まいである。
名前 |
二ッ野観音堂 |
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ジャンル |
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住所 |
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評価 |
5.0 |
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中には入れませんでした大福寺二ッ野観音堂は十ー面観音を本尊に阿弥陀如来・釈迦如来様が両サイドに祀られておられます。