移築された古墳で歴史散策!
城山1号墳石室(城山公園)横穴式石室の特徴
移設された古墳が歴史を感じさせます。
公園に隣接する横穴式石室の迫力が魅力。
歴史探訪にぴったりの訪問先です。
移築された古墳。中には入れない。千葉県北東部、利根川(旧鬼怒川)下流域南岸の、支流黒部川左岸の台地(通称「城山」、標高約42メートル)上に築造された古墳である。城山には古墳20数基が分布して城山古墳群を形成し、1号墳はその盟主墳になる。1963年(昭和38年)に発掘調査が実施されたのち、消滅している。 墳形は前方後円形で、前方部を北北西方向に向けた。墳丘表面では、墳頂部・テラス部に円筒埴輪列・形象埴輪(家形・人物・馬形埴輪)が巡らされる。また後円部には粘土敷の祭祀跡が認められ、須恵器・土師器が出土している。また墳丘周囲には周溝が巡らされる。埋葬施設は後円部における片袖式の横穴式石室で、南南東方向に開口し、石室内には木棺が据えられる。石室内からは、副葬品として三角縁神獣鏡・環頭大刀5・頭椎大刀・円頭大刀など多数が検出されている。特に三角縁神獣鏡は一般に前期古墳に見られる副葬品であり、長期間保有されて後期古墳から出土する例は全国的にも稀になる[1]。また装飾付大刀を5振以上副葬した古墳は全国で5例(千葉県で3例)しかない点でも、極めて有力な首長の存在を示唆する。 築造時期は、古墳時代後期の6世紀中葉頃と推定され、6世紀末頃までの追葬が認められる。千葉県内では最古期の横穴式石室であるとともに、豊富な副葬品を有する点で注目される古墳になる。千葉県内ひいては関東地方でも有数の後期古墳として位置づけられ、『先代旧事本紀』「国造本紀」に見える下海上国造との関連を指摘する説が挙げられる。 現在では石室は城山公園内で移築保存されているが、石室内への立ち入りは制限されている。
公園に追いやられた横穴式石室。
| 名前 |
城山1号墳石室(城山公園)横穴式石室 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 評価 |
3.0 |
| 住所 |
|
周辺のオススメ
公園の敷設にあたり、移設されたと説明があった。小さいが前方後円墳らしい。