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籠の藻風呂は1789年頃、蜂須賀重喜が「籠」という藩主専用の清遊地に築造した施設です。籠川口番所役人の奥山、小浜に賜り椎野に譲渡。昭和15年~16年頃まで庶民の娯楽保養施設として利用され、阪神からの来客もあり、かなりの賑わいだったようです。川口番所といえば津田山の津田城の番所の川口番所が印象的ですが関係あるんだと思います。淡路産の温石と鳴門産の塩を用いた赤土を固め、柴を焚いて壁が熱く焼けるまで加熱し、灰の上にホンダワラを敷き詰め、塩水に浸したホンダワラ、むしろを敷き、古い着物を体に巻き、火傷しないように発汗した。今では崩れた石垣と雑木林だけのようです。石垣は盛り土の土留のためだと思いますが。