足利将軍の秘密庭園、歴史の息吹!
旧秀隣寺庭園の特徴
足利将軍義晴が隠れ家に使った庭園で歴史を感じる場所です。
司馬遼太郎の著作にも登場する、特別な庭園の魅力が詰まっています。
落ち着いた雰囲気の中、石組みの立派な美しさを堪能できます。
足利将軍の隠れ家として有名ですね。司馬遼太郎が国盗り物語の三巻目に、明智光秀と細川藤孝を出会わせた場所のモデルになった…かな?15代将軍義昭も一時ここで難を逃れてました。近所には信長の隠れ岩もあり、鯖街道でもありますので、歴史好きな方のバイクツーリングやドライブの立ち寄り地としてもイイと思います。
落ち着いた素敵なところです。駐車スペースも広くあるため、車で行くことをお勧めします。
足利12代将軍義晴が京都から落ちてきた館のお庭です。お庭の後ろ側は大きな谷で視界が開けていて、それがお庭とマッチしています。
石組みの立派な庭園です。鼓の滝は一乗谷の諏訪館跡の滝石組と同じモチーフです。亀島も湯殿館跡の亀島と類似性を感じます。
昔は立派な庭園だったのでしょう、今はただの寂れた庭園状態。当時は拝観料300円必要だったみたいで。
司馬遼太郎さんの「街道をゆく1 湖西のみち」の中にこの庭園のことが触れてあります。室町将軍の第12代の足利義晴がほとんど身ひとつで京を抜け出してこの朽木谷に身をひそめ、その時の憂さ晴らしにこの枯山水の庭園を作ったのではないだろうか?ということである。またその著書の中に高名な造園家である京都の重森三玲先生もこのお庭ばかりは飽きがこないとおっしゃって毎年一度は見えられていたらしいことがのべてあります。
京を追われた十二代将軍足利義晴を饗応するため朽木氏によって造営されたという。戦国時代ならではの質実剛健な石組みは圧巻。些かでも日本庭園に関心のある者であれば見逃すことは許されないだろう。600年とも言われる老椿も大いに観賞の価値がある。正に「鄙にも稀」、本邦屈指の名園中の名園といえよう。余談であるが、この近辺の人々はこの庭園を「足利庭園」と習い称している模様であり、正式名である「旧秀隣寺庭園」と言っても通りは芳しくないようである。
京を追われた十二代将軍足利義晴を饗応するため朽木氏によって造営されたという。戦国時代ならではの質実剛健な石組みは圧巻。些かでも日本庭園に関心のある者であれば見逃すことは許されないだろう。600年とも言われる老椿も大いに観賞の価値がある。正に「鄙にも稀」、本邦屈指の名園中の名園といえよう。余談であるが、この近辺の人々はこの庭園を「足利庭園」と習い称している模様であり、正式名である「旧秀隣寺庭園」と言っても通りは芳しくないようである。
名前 |
旧秀隣寺庭園 |
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ジャンル |
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電話番号 |
0740-38-2103 |
住所 |
|
評価 |
4.2 |
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数ある歴史トリビアの連続コンボに驚かされただけではなく、庭園自体が純粋に素晴らしい!下調べでは、一乗谷朝倉氏遺跡の湯殿跡庭園に似ているものかなと想像していたが、実地にてその意匠の巧みさに面食らった。さすが、三大武家庭園の一つに恥じない名勝であるだけのことはある❗️拝観料は、玄関チャイムを鳴らしてお支払いしましょう。