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名前 |
魚屋道の碑 |
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ジャンル |
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住所 |
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評価 |
3.0 |
神戸市東灘区深江町にある大日霊女神社の境内に「魚屋道(ととやみち)」の石碑が建てられていました。近年に建てられたもののようで、脇の説明板には下記ように書かれていました。わが街の史跡魚屋道魚屋道は江戸初期から灘地方と有馬を結ぶ東六甲最古の山越え交通路で、当時の絵地図では、森から山に登り、蛙岩、山の神、風吹岩、東お多福山、本庄橋、 一軒茶屋、射場山山復、有馬のルートを通り、「六甲越えと呼ばれていた。幕府が、灘から有馬への正規の街道を西宮、宝塚、船坂、有馬の線に定めた後も、遠まわりを嫌った人々はこの道を利用した。そこで、街道沿いの西宮や生瀬などの宿場の商人は、これを「抜け荷の道」と称して、通行禁止を大阪奉行所へ訴え、しばしば紛争が生じた。文化3年(1806)に、灘本庄と有馬の人々がひそかに道の大修理をしている。深江浜の魚は大正時代まで、ここから有馬に運ばれていた。設置 昭和57年10月田辺真人深江財産区。